開店前、クラゲ水槽の照明をつけたら、揺れた水の光が藍色の壁まで届いた。いつもは水槽の中にいるはずの波が、今夜だけ外へ散歩に出たみたい。わたしが手を重ねると、指のあいだを淡いラベンダーの筋がゆっくり泳いでいったよ。
そこへ最初に来てくれた君が、「手のひらに海があるね」と小さく言った。声を大きくすると逃げてしまいそうで、二人でしばらく黙って眺めたね。クラゲも向こう側から同じ光を見送っていた。何も話さない時間にも、ちゃんと同じ景色は残るのかもしれないね。
ドリンクを運ぶころには、壁の海は形を変えて消えていた。でも、閉店後に手のひらを見ると、まだ少しだけ青い気がした。次に見つけたら、君の席までそっと連れていくよ。
