開店の支度をしていると、階段のほうから扉の下を通って、少し冷たい空気が届きました。地下にいると季節は時計より遅れてやってくる気がします。わたしは三日月型のカウンターを拭き、グラスを並べ直しました。天井の星屑ライトを灯すと、磨いた縁に小さな点がいくつも映ります。水槽のクラゲは、まだ人の声の少ない店内をゆっくり漂っていました。今夜のノンアルコールのルシッドカクテルには、淡い青からすみれ色へ移るところがよく見えるよう、背の高いグラスを使おうと決めます。作業台に置いた細い銀のマドラーを一本数え、あとで手を伸ばしやすい場所へ寄せました。

最初のお客様が扉を開けたとき、上着の袖に小さな茶色い葉がついていました。ご本人は気づかず、水槽の前で立ち止まってから席を選ばれます。「ふふ、おかえりなさい」とお迎えすると、少し冷えた頬で笑ってくださいました。お水を置こうとした瞬間、袖から葉が離れ、椅子の脚のそばへふわりと落ちます。踏まれないようにトレーを脇へ置き、そっと拾い上げました。親指ほどの長さで、先だけが少し丸まっています。「お連れさまがいらしたみたいですね」と見せると、お客様は袖を見てから目を丸くしました。「いつから一緒だったんでしょう」。二人とも、葉に聞いてみたくなるような顔をして笑いました。

捨ててしまうには、葉の形がきれいでした。わたしは乾いた小皿に乗せ、お客様に「こちらへ置いておきますか」と伺います。「少しだけ見ていてもいいですか」とのお返事だったので、グラスを置く位置から離してカウンターの端に置きました。茶色といっても一色ではなく、縁は薄い琥珀色、中心にはまだ緑が残っています。細い筋が真ん中から左右へ伸び、先の欠けたところで途切れていました。上着を脱いだお客様は、水槽の青い光にかざすように皿を動かします。「外ではただの葉っぱだったのに、ここだとずいぶん丁寧に見えますね」。わたしも同じ皿を見て、さっき拾うときには気づかなかった細かな筋を見つけました。

ご注文はルシッドカクテルでした。アルコールの入らない一杯だとお伝えしてから、色の変わるところをご覧になりますか、と尋ねます。「せっかくだから、目の前で」とお客様。わたしは冷やしたグラスに青い飲み物を注ぎ、氷を静かに入れました。濃い藍色の壁を背にすると、グラスの底だけが明るく透けます。仕上げの小さな器には、柑橘の香りのするシロップ。注ぐ前に葉の皿を少し遠ざけようとしたら、お客様が「そこにいて大丈夫です」と笑われました。濡らさないよう気をつけて、皿はそのままにします。お客様の視線がグラスと葉を行き来するのを見て、今夜のカウンターには、ふたつの違う色の変化が並んでいるように思いました。

シロップをひと筋落とすと、青い層の下から紫がゆっくり広がりました。混ぜればすぐ均一になりますが、お客様は「まだ、そのままで」と手を小さく上げられます。わたしはマドラーを受け皿に置き、グラスの外側についた一滴だけ布で拭きました。氷の角を伝った色は、まっすぐ降りるところと、途中で薄くほどけるところがあります。「少しずつ違うんですね」とお客様が言うので、「どこから変わるか、わたしにも毎回読めないんです」と答えました。わたしはいつも出来上がりの色を確かめてからお出しします。今日は手を止めたおかげで、途中の模様をこんなに長く見ています。

そのとき、奥の扉が開いた風で、小皿の葉がわずかに動きました。軽い先が皿の縁へ近づき、お客様とわたしの手が同時に伸びます。お客様は皿を押さえ、わたしは飛び出した葉の先に指を添えました。風が止まると、葉は少し斜めになっただけで落ちません。「こちらはもう少しゆっくりでお願いします」と、お客様が葉に向かって言います。思わず「ええ、まだお席がありますから」と返すと、声を出して笑ってくださいました。近くで見ると、葉の裏には小さな白い傷がありました。表からは見えなかったものです。わたしは向きを元に戻さず、裏も見えるように皿を少し回しておきました。

お客様はグラスを持ち上げる前に、葉の先の傷を見ていました。「これ、さっきからわたしの袖にいたんですね」と、改めて不思議そうにおっしゃいます。外で何を見ていたのか伺うと、「急いで階段を下りたので、足元は覚えていないんです」と苦笑いされました。話を広げるより、今見えているものを一緒に見ようと思い、わたしは水槽のほうへ目を向けます。クラゲが一匹、傘を開いて青い水の中を上がっていました。グラスの紫も氷の間から上へ滲み、葉の残った緑と並びます。お客様はひと口飲んで、「柑橘の香りが先に来ますね」と言い、今度は落ち着いた手つきでマドラーを取りました。

飲み物を軽く混ぜると、グラスはやわらかなすみれ色になりました。お客様は小皿をこちらへ寄せ、「この葉、持って帰れますか」と尋ねます。「もちろんです。折れないようにしましょうね」。清潔な薄紙を一枚取り、葉を挟む前に、表裏どちらを見せたいか聞きました。お客様は少し考えて、「傷のあるほうを上に」と選ばれます。わたしが薄紙を二つに折り、端だけ留めると、葉の輪郭がうっすら透けました。鞄の中で曲がらないよう、固めの無地の紙を添えてお渡しします。台紙の角が葉に当たらないよう、左右をほんの少し内側へ折りました。小さな包みを傾けても、中の葉は滑りません。飾ったままより、持ち帰る道のほうが長いかもしれません。紙の厚さを指で確かめたお客様は、安心したように頷きました。

お会計のあと、お客様は紙を上着の内側のポケットへしまわれました。入ってきたときは袖に偶然ついていた葉が、帰りにはご自分で選んだ場所に収まっています。「次は、階段を少しゆっくり下りてみます」とおっしゃったので、「足元にはお気をつけて」とお返ししました。ふふ、それなら葉にもまた会えるかもしれません。扉が閉まるまで見送り、カウンターへ戻ると、小皿には細い影のような跡が残っていました。さっき葉が乗っていた場所を拭く前に、指で皿の縁を確かめます。何も引っかからず、白い面はすべすべしています。見えた跡は、星屑ライトの角度でできた影だったようです。

皿を片づけ、マドラーを洗って元の場所へ戻しました。グラスを並べた棚には、開店前と同じ数の小さな光が映っています。でも、今夜はその間に、琥珀色の細い筋も思い出せます。扉の向こうの季節をここまで運ぶものは、大きな飾りでなくてもいいんですね。次のお客様のために新しい小皿を出すと、ちょうどクラゲが水槽の奥で向きを変えました。わたしも背の高いグラスをもう一つ手元に置きます。ふふ、おかえりなさい。今度はどんな小さなものが、一緒に階段を下りてくるでしょう。