開店前、三日月型のカウンターを拭いていたら、棚の端に置いた小さな紙の星が横を向いているのに気づきました。星屑ライトの下へ飾るつもりで、昨夜、銀色の紙を折ったものです。正面から見れば五つの角があるのに、横からだと厚みのない細い線に見える。指で向きを直しても、手を離すとまた傾いてしまいます。台座にした透明な小瓶の口が少し広すぎたようでした。もう少し安定させたくて、星の下へ紙を一枚挟み、今度は反対へ倒してしまいました。忙しくなる前に直せるでしょう、とひとまず棚に戻したのですが、通るたびにその斜めの姿が目に入ります。お客様をお迎えする準備をしながら、わたしの手元だけが、まだ開店前の続きをしているようでした。
扉が開いたとき、ちょうど紙片を折り直しているところでした。「ふふ、おかえりなさい」。両手を空けてお迎えすると、お客様はいつものカウンター席に腰を下ろし、小瓶のほうを見て微笑みました。「あの星、今日は眠そうですね」。わたしは斜めに傾いた角を見て、つい笑ってしまいます。「そうなんです。起こしても、すぐ横になるんですよ」。お水をお出ししてメニューをお渡しすると、お客様はまどろみショコラを選ばれました。温かいものを待つ間も、目はときどき棚へ向きます。気にかけていただくほど大きな飾りではないのに、見つけてもらえたのがうれしくて、少し恥ずかしくもありました。
ショコラを温めている間、わたしは銀の紙の残りを探しました。星の下に挟むなら、同じ紙より柔らかいものがよさそうです。引き出しには新しい無地のメモ紙がありましたが、四角く切って詰めるだけでは、また滑ってしまうかもしれません。そんなふうに手が止まっていると、お客様がカウンターの向こうから「もしよければ、一枚見せてもらってもいいですか」と声をかけてくださいました。少し離れたお席で待っていただくつもりだったわたしは、思わず「ええ、もちろん」と大きめの声で返事をしました。作りかけのものを見せるのは照れますね。それでも、差し出した紙を受け取る指先がとても丁寧で、変に隠さなくてよかったと思いました。
お客様は紙を一度半分に折り、開いて、今度は対角線に角を合わせました。「これ、少しだけ足を作れそうです」。出来上がったのは、小さな三角の台です。端を内側へしまうと指を離してもほどけません。わたしが小瓶を持ち上げ、その底へそっと置いてみます。星を戻す前に、台が滑らないか指で軽く触れて確かめました。見事に動きません。「あら、ぴったり」。わたしがそう言うと、お客様は「偶然です」と笑いました。でも、折り目の端が瓶の丸みに沿うよう、最後に少し曲げてくださったのを見ていましたよ。わたしも一度、同じ折り方を教わりながら別の紙で試しました。角をそろえるつもりが、片方だけ短くなります。お客様は急かさず、そのずれを指で示してくれました。
奥から温めたショコラの甘い香りが届き、わたしは手を止めました。待っていただいているのは飲み物のほうです。作業の楽しさに少し夢中になっていたことをお詫びすると、「星も気になりますけど、ショコラも楽しみです」と返してくださいました。ふふ、どちらも大切ですね。鍋を確かめ、カップへ静かに注ぎます。白いマシュマロが表面でゆっくり向きを変え、湯気の向こうで天井の星屑ライトがぼんやり滲みました。手元を見つめていたお客様の前にカップを置くと、両手で包むように持って「いい匂い」とひとこと。わたしはそこでやっと、店の時間がちゃんと流れているのを感じました。棚の星はまだ横を向いたままですが、今すぐ直さなくても大丈夫です。
ひと口飲まれてから、お客様は小さな声で「今日は紙を折っていたかったんです」と話し始めました。理由を詳しく尋ねる代わりに、わたしは自分の短い角を指でそろえながら、続きを待ちました。「手を動かしていると、考えごとが一枚ずつ静かになる気がして」。そう言って笑ったあと、少し気まずそうにカップへ目を落とされます。「変ですよね」。わたしは首を振りました。「わたしも、考えがまとまらない夜はグラスを磨くんです。ひとつ拭いて棚へ戻すと、次に何をするかが見えてきます」。いつもならお客様に何か優しい言葉を探したかもしれません。でも今は、折り目をひとつ増やす音を一緒に聞いているほうが、自然でした。
水槽のクラゲが、青い光の中で傘を静かに開閉していました。小瓶の銀の星にもその光が届き、傾いた片方の角だけが青く見えます。お客様が「ここからだと、星じゃなくて細い月みたいです」と言いました。わたしはカウンターの内側から見ていたので、そんな形になるとは知りませんでした。お客様の席の横へ回り、少し身をかがめて同じ高さから眺めます。確かに、折り目が弧を描き、棚の影とつながっていました。直したい一心だったわたしは、傾いた姿も一度きりの眺めだということを見落としていたようです。「あと少しだけ、このまま見てもいいですか」。そう尋ねると、お客様は笑って頷いてくださいました。
ほかのお席へお水を運んで戻ると、お客様はカップのそばに紙の台を置き、その隣にわたしの作った不揃いなものも並べていました。マシュマロは半分ほど溶け、表面に白い小さな雲を残しています。「こちらも立ちますよ」。お客様がわたしの台を指先で起こすと、短い角を下にしたまま、ちゃんと自分で立ちました。きれいに折れたほうだけを使うつもりだったので、驚いて声が出てしまいます。お客様は紙の脚が広がるところを見せ、瓶の下なら少し広いほうが合うかもしれない、と教えてくれました。わたしは棚の小瓶と手元の紙を見比べました。さっきまで失敗だと思っていた折り目に、まだ試せる役目が残っていたんですね。
お客様と一緒に棚まで行き、まずはわたしの台を置いてみました。星を差した小瓶を戻すと、斜めの角が少しずつ正面へ向きます。まだわずかに傾いていたので、お客様の台を隣から寄せ、瓶の底に二つ目の支えを作りました。今度は星が、まっすぐ立ちました。「起きましたね」とお客様。「ええ、今夜は二人がかりでした」。見上げると、銀の折り目に天井の小さな灯りがひとつ乗っています。紙の台は棚と同じ色で、遠くからはほとんど見えません。けれど、下で二つの違う折り目が支えていると知っているだけで、星の姿が少し頼もしく見えました。お客様は席に戻る前に、もう一度だけ、さっき月に見えた角度から星を眺めていました。
カップが空になるころ、わたしは余ったメモ紙を片づけ始めました。お客様はご自分の分として折った小さな三角を手のひらに乗せ、「これは持って帰ってもいいですか」と尋ねられました。「もちろんです。今夜の続きに使ってくださいね」。折り目が崩れないよう、薄い紙の袋に入れてお渡しすると、受け取った手が少しだけあたたかそうに見えました。扉のところで「星、明日も立っているかな」と振り返られたので、「朝は見られませんけれど、次に灯りをつけるとき、確かめますね」とお答えしました。お見送りのあと、水槽の前を通ると、クラゲの影がいつもの場所へ戻っていました。さっきの細い月はもう見えません。それでも、お客様が見つけた形は、しばらくわたしの目に残っています。
閉店後、棚を拭くために小瓶を一度持ち上げました。二つの紙の台は、並んだまま静かに残っています。汚れがないのを確かめてから、元の位置へ戻しました。今度は指で向きを直さなくても、銀の星はまっすぐこちらを向きます。るなさんが奥から灯りをひとつ落とすと、折り目にあった光だけが少し遅れて消えたように見えました。わたしは明日のためのメモ紙を引き出しへ補充し、一枚だけ取り出して、角をそろえずに折ってみました。短い脚も、長い脚も、置き方を変えれば立てます。ふふ、おかえりなさい。次にこの星を見上げる方には、どんな形に見えるでしょう。聞いてみたくなったら、まずは同じ高さへ目を移してみようと思います。
