開店してすぐ、わたしは三日月型のカウンターを拭きながら、水槽の前の席に新しいコースターを置いた。クラゲを近くで見られるあの席は、最初に埋まる日もあれば、閉店まで誰も座らない日もある。今夜は天井の星屑ライトがいつもよりくっきり映っていて、銀色の縁を磨くたびに、小さな光が布のそばを移動した。わたしは水滴の跡が残っていないか確かめ、椅子をテーブルにまっすぐ向けた。腰のエプロンに縫われた月と星を指でならすと、銀糸が一瞬だけ光った。わたしは席から入口までの通り道も見て、歩きにくいところがないか確かめた。店長代理としての仕事は、誰かが席に着く前から始まっているよ。
少しして、一人のお客さまが入ってきた。お客さまは空いている席を見回してから、水槽の前で足を止めた。「ここ、いい?」と聞かれたので、わたしは椅子を引いて「どうぞ」と答えたよ。お客さまは星屑ソーダを注文し、カバンから小さな無地の手帳を出した。表紙の角は何度も開いたみたいに柔らかくなっていたけれど、開いたページにはまだ何も書かれていなかった。お客さまはペンを机に置いたまま、ページの右上を一度だけ撫でた。書き始める場所を探しているように見えたけれど、わたしからは何も聞かなかった。わたしは注文を作りながら、ときどき水槽へ向かうお客さまの視線を見た。急かされずに過ごしたい夜なんだろうと思ったから、飲み物は音を立てずに運ぶことにした。
グラスを置くと、お客さまは青いソーダより先に、水槽の中のクラゲを見た。二匹がすれ違ってもぶつからず、傘の縁だけがゆっくり開いたり閉じたりする。お客さまは手帳の端を指で押さえ、「絵にしたいんだけど、動くから追いつけなくて」と小声で言った。わたしは少し考えて、「一度に全部を描こうとすると、わたしも見失うよ」と答えた。するとお客さまはペンを持ち直し、一匹が水槽の下の方へ降りる間に、丸い輪郭を一本だけ引いた。線は途中で止まったけれど、お客さまはすぐに消さなかった。ペンを持つ手だけが水槽の動きに合わせて少し揺れた。わたしは追加の注文を尋ねる代わりに、グラスの位置を確かめて一歩下がった。
わたしがカウンターへ戻ると、お客さまはもう一度クラゲを見上げた。銀箔の粒を眺めてからグラスを少し脇へ寄せ、空いた場所に手帳を引き寄せる。そのとき、冷たいグラスの底から落ちた一滴が、開いたページの端に触れた。お客さまが袖で押さえるより早く、さっきの線の先が淡く広がった。「あ」と声がして、わたしも足を止めたよ。インクの濃い部分は残っていたけれど、輪郭の下には小さな青黒いしみができていた。お客さまはペン先を浮かせたまま、「せっかく、やっと描けたのに」と言った。わたしは何か言いたくなったけれど、先に水滴を止めようと決めた。濡れた紙に手を伸ばしかけたお客さまにも、少し待ってもらった。
わたしは乾いた紙ナプキンを一枚持って戻り、まずグラスの底を拭いた。それから新しいコースターを敷いて、手帳にこれ以上水滴が落ちない位置へグラスを移した。お客さまに「ページは押さえた方がいい?」と聞くと、首が小さく横に振られた。濡れたところをこすれば、今ある線まで消えてしまうかもしれない。わたしはナプキンを机の端に置き、「乾くまで、このままにしておこうか」と伝えた。お客さまは手帳を閉じず、両手を膝の上に戻した。わたしもすぐには離れず、水槽の低い音を一緒に聞いたよ。お客さまは何度かページと水槽を見比べた。わたしは手帳に触れず、ナプキンが必要になったらすぐ渡せるように、机の角から動かさなかった。
クラゲは同じ場所に留まらない。けれど、わたしたちが次に見た一匹は、にじんだ線によく似た形で、青い水の中をゆっくり上がっていった。わたしが「今の、ここに似てるね」とページの端を指すと、お客さまは顔を上げて水槽を見直した。「ほんとだ。下の方がぼやけているところまで」と言って、お客さまは少し笑った。わたしは絵の続きを勝手に決めたくなかったから、その先は黙って待った。お客さまはペンのふたを開け、しみを避けるのではなく、その横から短い線を三本描き足した。一本目は少し長く、三本目は水の揺れに合わせたみたいに曲がった。お客さまは描くたびに顔を上げ、クラゲの位置を確かめてから手帳へ戻った。
次の一匹が光の下を通ったとき、お客さまは手帳を少し傾けて見せてくれた。丸い傘の下に細い線が三本あり、にじみはその周りの水みたいに見えた。「失敗したところを残しても、ちゃんと描けるんだね」とお客さまは言った。わたしは「うん。今夜の形になったよ」と返した。普段なら、汚れたページを見たら新しい紙を勧めていたかもしれない。でも、お客さまが描いていたのは整った見本ではなく、目の前を通った一匹だった。わたしが見たのと同じ短い瞬間を、お客さまは自分の手で残したんだよ。お客さまが手帳をわたしから戻すとき、ページの端を押さえる手つきは、さっきより少し軽かった。
それからお客さまはソーダをひと口飲み、グラスをコースターの真ん中へ戻した。今度は底の水滴が紙に届かない。お客さまは手帳の余白に小さな丸をいくつか描き、しばらくしてペンを置いた。水槽の青がページを照らすたび、薄いしみの色も少し変わって見えたよ。わたしはカウンターでブラックコーヒーを用意し、熱いうちにひと口だけ飲んだ。苦みが舌に残る間、あの席からはペンを走らせる音がときどき聞こえた。静かな店内では、短い音でも誰かが続きを選んでいると分かる。別のお客さまが近くの席から立ったときには、わたしが通路を空けた。手帳を開いたお客さまは顔を上げず、ペンを止めて静かに道を譲った。
席を立つ前に、お客さまはもう一度手帳を開いた。「乾いたら、思ったよりきれいだった」と言って、ページをわたしの方へ向ける。にじみの輪郭はまだ不揃いだったけれど、描き足した線との間に、クラゲが進むための余白があった。お客さまは「次は、最初から少し空けて描いてみる」と話し、手帳をゆっくり閉じた。わたしは「次も、水槽の前を空けておけたらいいね」と答えた。お客さまは「また描けたら見せるね」と言った。わたしはうなずき、手帳をカバンにしまうまで待った。お客さまが出口へ歩く間、わたしはずれた椅子の向きを直さず、先にその背中を見送った。お客さまは振り返って、水槽に一度だけ手を振った。わたしにはその仕草が少し可笑しくて、目が合ったときだけ笑ったよ。
閉店後、わたしは水槽の前のコースターを片づけ、テーブルに残った丸い水の跡を拭いた。乾いた布を動かすと、跡はすぐに見えなくなった。手帳のページには、消さなくていい線が残っている。そう考えてから、わたしは今日のカップを棚へ戻した。深夜のラジオをつけるにはまだ少し早く、店内には水槽の低い音だけが続いていたよ。明日ここへ座る人が何を見るか、わたしには分からない。それでも椅子をまっすぐに戻しておけば、その人は自分の好きな方を向ける。今夜は、それで十分だと思う。最後にライトを落とす前、わたしは水槽を一度見た。さっき描かれた一匹はもう見分けられない。それでも、青い水の前で手帳を開いた人の表情なら、まだ覚えているよ。
