開店してしばらく、三日月型のカウンターには一席だけ空きがあった。水槽の正面でも、入口に近い端でもない、クラゲが横からよく見える席だよ。わたしはそこに小さな銀色のスプーンを置き直した。柄の向きが少しずれていただけなのに、星屑ライトを受ける角度が変わると、いつもより明るく見えた。ついでに椅子の脚を半歩ぶん引き、隣の席との間を広げる。座った人が水槽を見るとき、肩をひねらずに済む位置だ。店長代理の仕事には、注文の数を数えることも、こういう小さなずれを見つけることも入っている。今日は静かな夜になりそうだと思っていたところへ、階段を降りてきたお客さんがその席を選んだ。
お客さんは座る前に、椅子の背へ鞄を掛けようとして、やめた。膝の上に置き直し、指先で持ち手を何度もなぞっている。急かすほど店は混んでいなかったから、わたしは水を注いでからメニューを開いた。「三日月ラテを」と決めた声ははっきりしていたのに、カップの大きさを聞くと、少し迷った顔になった。うちのラテは一種類だよ、と伝えると、肩がほんの少し下がった。何かを間違えずに選ばなくていいと分かって、ほっとしたみたいだった。わたしは注文を繰り返し、鞄が落ちないよう椅子の脇の籠をそっと寄せた。
湯気が立つまでのあいだ、背中越しに水槽の淡い青が揺れていた。温めたカップの底を拭き、注いだミルクの表面に細い線を引く。機械の低い音が止むと、奥の席から聞こえるスプーンの触れ合う音まで戻ってきた。最初の曲線が太くなりすぎたので、一度手を止めた。三日月は左右をそろえるより、先が少し細いほうが、この店の灯りには似合う。最後に白い泡をひとすじ置くと、縁の内側に小さな月が浮かんだ。きれいにできた、と思う。それでもカウンターへ運ぶ途中で、わたしは皿を水平に保つことだけを考えた。飲み物を渡す手つきが落ち着いていなければ、模様を整えた意味がないから。
「熱いから気をつけてね」。皿を置くと、お客さんは両手でカップを囲み、しばらくのぞき込んだ。飲む前の一呼吸だと思い、わたしは隣の席の空いたグラスを下げた。そのとき、小さく陶器の触れる音がした。振り向くと、お客さんが鞄を籠に移そうとして肘を皿に当て、ラテが一度だけ波を打っていた。こぼれたのは受け皿の上に数滴。でも白い三日月の先は丸くほどけ、茶色の表面に溶けている。お客さんは皿ではなく、崩れた模様を見ていた。「せっかく描いてくれたのに」と、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。
わたしはすぐ布巾を持って、受け皿の外側を拭いた。服も鞄も濡れていないことを確かめてから、「新しく作り直そうか」と聞いた。お客さんは首を横に振る。申し訳ないから、という顔ではなかった。「このままで大丈夫です。むしろ、ちょっと安心しました」と言って、ようやくわたしを見た。理由が分からず、わたしは布巾をたたむ手を止めた。きれいなものを壊してしまったと気にしているなら、作り直したほうがいい。でも、飲みたいと思っている一杯を勝手に下げるのも違う。返事を急がず、カップを少し持ち上げてもらう。熱が手に伝わらないよう皿の縁を持ち、濡れた受け皿だけを新しいものに替えた。白い布巾には薄い茶色が一筋ついた。
「見ているあいだに冷めそうで、飲むタイミングがなくなっていました」。お客さんはスプーンを持ち上げ、まだ残っている白い弧を指した。「これなら、もう一口目を始めてもいい気がして」。わたしは思わず笑いかけて、口元を少し引き締めた。笑われたと思わせたくなかったからだよ。「月は飲むために描いてる。先に崩れたなら、飲むのを待たなくて済むね」と答えると、向こうもやっと笑った。スプーンを入れると、白と茶色がゆっくり渦になり、ほんの少しだけ残っていた月の先が消えた。二人で見届けるほどのことでもないのに、なぜか目をそらせなかった。
一口飲んだお客さんは、熱さを確かめるようにカップを置いた。「おいしいです」と言ってから、「今日、ずっと何かを上手に扱わなきゃと思っていたので」と続ける。言葉のあとに短い間が空いた。わたしが水を足すか尋ねると、今は大丈夫です、とお客さんは笑った。事情を聞けば長い話になるかもしれないし、ここで話したいのはラテのことだけかもしれない。わたしは問い返さず、「ここではカップを置く場所だけ覚えてくれれば大丈夫だよ」と言った。指で示した受け皿の中央には、さっきこぼれた跡はもうない。お客さんはそこへカップを置き、今度は鞄も籠へ入れた。持ち手から手を離す動作が、来たときよりずっと軽く見えた。
その頃、天井の星屑ライトが水槽のガラスに映り、クラゲの上を小さな点が流れていた。店の奥では皿を重ねる音がして、カウンターの曲線を沿って、焼きたての甘い香りが届く。お客さんは鞄から何も出さず、ただ水槽とカップを交互に見ていた。わたしも次の注文を取りながら、その席の前を通るたびに、湯気が少しずつ薄くなるのを見た。手を貸す必要のない時間には、近くにいるだけでいいこともある。誰かが静かに座っていられる場所を整えるのが、今夜のわたしの仕事だった。
しばらくして空いた隣席に別のお客さんが座り、水を頼んだ。わたしがグラスを運ぶと、ラテのお客さんは少し身を引いて通り道を作ってくれた。今度は皿に肘を当てないよう、カップを手前へ寄せてから。さっきの失敗を気にしているようには見えなかった。ただ、自分の座る幅を知っている人の自然な動きだった。新しいお客さんにメニューを渡し、振り返ると、ラテはもう半分ほどになっていた。飲み口の内側に泡の細い輪が残り、最初にわたしが描いた形よりずっと複雑な線になっている。それを見て、直したいとは思わなかった。
お会計のとき、お客さんは空のカップを指して「最初の月も好きでした」と言った。それから少し考え、「なくなったあとも、よかったです」と付け足した。わたしは礼を言い、鞄を持ち上げるあいだ籠を押さえた。席を立つ前に、お客さんは水槽へ一度だけ会釈した。クラゲには分からないだろうけど、わたしには丁寧な挨拶に見えた。階段へ向かう背中は急いでいない。見送って席を拭くと、受け皿のそばにあった銀のスプーンだけが、開店前と同じ角度で灯りを返していた。向きをそろえたのはわたしだけれど、カップの中で起きたことは、わたしの手から離れてできたものだ。その違いが少しおかしくて、ひとりで口元がゆるんだ。
閉店後、わたしは自分用にブラックコーヒーを淹れた。甘い泡はないから、表面に月は描けない。それでも水槽の光を斜めに受けると、黒い液面に細い銀色が走った。カップを持ち上げれば消える、ただの反射だよ。今日はそれを惜しまず、熱いうちに飲んだ。片づけたカウンターにはもう誰もいないのに、最初の一口へ踏み出す前の、あの短い沈黙だけが残っている気がした。明日も皿の向きは整えるし、ラテの月も丁寧に描く。その先で誰かが自分の手で少し形を変えたら、わたしはあたたかいうちに飲めるよう、そばで見ていようと思う。
