開店前、珈琲豆をミルへ移していたら、一粒だけ指のあいだから逃げた。ころころと三日月型のカウンターを走って、いちばん細い先でぴたり。落ちそうなのに落ちない姿が妙に落ち着いていて、しばらく拾えなかったよ。夢の底へ来る途中で、寄り道を覚えたのかもしれないね。

その豆は銀の小皿に載せて、営業が終わるまでカウンターの端に置いた。クラゲの青い光を受けるたび、黒い殻が静かに艶めいていたよ。帰る場所はミルの中だけれど、急がなくてもいい夜はある。片づけのあと、わたしのブラックコーヒーにする豆の中へ、そっと戻した。今夜の一杯がいつもより少し丸く感じたのは、たぶん気のせいだよ。君も寄り道したくなったら、月の先で待っていて。見つけたら、ちゃんと迎えに行くから。