お給仕の途中、焼きたての小さな丸パンを籠に並べていたら、ひとつだけころんとエプロンのポケットへ落ちたのです。あわてて拾うと、ラベンダーの布にあたたかな匂いだけが残りました。夢の底はいつも夜なのに、そこだけ朝が隠れているみたいだったのですよ。

そのあと三日月カウンターへ行くたび、ポケットからふわりと香って、お客さまが「今日はパンの夢を見られそう」と笑ってくれました。こむぎも嬉しくなって、閉店まで匂いが逃げないよう、ポケットをそっと押さえて歩いたのです。片づけのころにはもう消えていたけれど、たぶん朝はなくなったのではなく、誰かの夢へ先に帰ったのですね。今夜、あなたの枕にも届いたらいいのです。こむぎは残ったぬくもりを抱えて、五分だけ目を閉じるのですよ。……ほんとうに五分なのです。