今日、開店前の三日月型カウンターを拭いていたら、磨いたばかりのスプーンにわたしの星型ヘアピンが二つ、ちっちゃく映ったの。右の星が先に光って、左の星が少し遅れて光る。天井の星屑ライトが順番に灯る時間だったんだ。黒いワンピースの上にラベンダーのエプロンを結び直して、月と星の刺繍に残っていた糸くずをつまんだ。準備したグラスは、取っ手の向きをそろえると小さな隊列みたい。「今日はどんな夜になるかなっ」って声に出したら、水槽のクラゲがゆっくり上へ泳いだよ。返事をくれたみたいで、ひまり、もううれしくなっちゃったんだもんっ。

最初のお客さんは、扉のところで少しだけ立ち止まってから入ってきた。上着の袖を両手で押さえていて、椅子に座ってもすぐにはメニューを開かなかったの。わたしが「おかえりなさいっ」と言うと、目を上げて笑ってくれたけど、その笑い方がとっても静かだった。急いでおすすめを並べたくなったけど、カウンターにお水を置いて、一歩下がって待ったよ。グラスの底に丸い水滴ができたので、乾いたコースターを一枚添えた。小さなことなら、返事を急がせずにできるんだね。足元では椅子の脚が小さく鳴って、水槽の青い光がメニューの端を行ったり来たりしていた。

しばらくして選ばれたのは、ゆめのそこパフェ。藍色のゼリーと星型のチョコが重なる、わたしも大好きな一皿だよ。今日は仕上げに小さな苺がひとつ、いちばん上にのっていたの。透明な器の底にはゼリーの色が濃く沈み、上のクリームは星屑ライトを受けてふわっと明るい。運ぶとき、赤い実が深い藍色の中でびっくりするくらい明るく見えた。わたし、苺のパフェを見るとつい足取りまで軽くなるんだもんっ。お皿をそっと置いたら、お客さんも苺を見て「きれい」と言ってくれた。よかった、と思って戻ろうとしたところで、スプーンが宙に止まったのが見えた。

「苺を先に食べるか、最後に取っておくかで迷ってるんです」。お客さんは照れたみたいに言ったよ。わたしは思わず「わかるっ!」って大きな声を出しそうになって、口元で小さくした。好きなものを最後に残すと、そこへたどり着くまで楽しい。でも、冷たいクリームが溶けるのを待っているあいだに、苺のいちばんおいしい瞬間を逃しちゃう気もする。わたしだって、休憩のおやつで毎回同じことを考えるんだ。お客さんはスプーンを置いて、「今日は決めることが多かったから、これまで迷うとは思わなかった」と笑った。

わたしはカウンターの向こうにしゃがんで、目線をパフェと同じ高さにしてみた。苺のへたのそばに小さな光がついていて、その下ではゼリーがゆっくり揺れている。レトロゲームなら、ここで二つの道を選ぶ場面みたい。わたしが昔から好きな小さな画面のゲームにも、行き先を決める前に立ち止まれる場所があった。何秒か考えているあいだ、音楽だけが楽しそうに鳴るんだよ。どちらへ進んでも画面の先は見えないし、戻ってやり直すことだってある。だけど目の前のおやつに正解の印をつけたくはなかった。「よかったら、苺を半分にしてみる?」と聞くと、お客さんは少し驚いて、それから肩の力が抜けたみたいに「それ、できますか」と言った。

もちろん、勝手には切らないよ。小さなお皿を借りてよいか確かめ、厨房で洗いたてのデザートナイフを用意してから、苺をそっと二つに分けた。皮に刃が入ると、赤い断面がぱっと現れた。両方をパフェの上へ戻すと、片方は星型チョコのそば、もう片方はクリームの白い山のそばで落ち着いた。まるで違う場所から同じ夜を見ているみたい。「ひとつは今、もうひとつはあとで。どうかなっ」と言ったら、お客さんが声を立てて笑った。その音に、遠くのグラスを片づけていたすずちゃんまでこちらを見たよ。

お客さんは星型チョコのそばの半分を先に食べた。ほんのひと口なのに、さっきまで額のあたりにあったしわがふっとほどけたんだ。「甘い」と言ってから、ゼリーをすくって、今度は自分のペースで食べ始めた。器の内側をすべるスプーンが、青い層に細い道をつくる。そこへクリームが少し混ざるたび、色が変わるのをお客さんはちゃんと見ていたよ。わたしは何か気の利いたことを言いたかったけど、ここでしゃべりすぎたら、せっかくの静かな時間を追い越しちゃう気がしたの。だから空いたお水だけを足して、少し離れたところでスプーンを並べた。金属が触れる音まで、水槽の水の中ではやわらかく聞こえたよ。

そのあいだにも店の夜は動いていた。三日月ラテを待つ席には、湯気が細く立ち上っていたし、別の席では星屑ソーダの泡がグラスの縁に集まっていた。すずちゃんがソーダを運ぶとき、目だけで「さっきの作戦、どうなった?」と聞いてきたから、わたしは指を二本立てて小さく笑った。ゲームの結果を内緒で伝えるときみたいで、少し楽しかった。天井のライトはカウンターの銀色のふちに細い線を描き、水槽のクラゲの影は壁をゆっくり滑った。わたしはいつも、楽しいことを見つけると誰かにすぐ教えたくなる。今夜は、教える前に一呼吸おくと、相手の見ているものも見えるんだって気づいたよ。お客さんのスプーンは、もう迷って止まるんじゃなくて、ゼリーの層を選びながら進んでいた。

「あとで食べる」と決めたもう半分の苺は、最後まで待たなかった。お客さんがクリームの白いところをすくったとき、苺が少し傾いて、ちょうどスプーンの先へ転がったの。「あ、順番が変わっちゃった」とお客さんが言うから、わたしも笑って「それも今夜の道だよっ」と答えた。二人で決めた作戦を守れなかったのに、失敗した感じがしなかったのが不思議。苺を食べ終えたお客さんは、残った星型チョコを最後のひと口に選んだ。終わりの楽しみは、別のところにもちゃんとあったんだ。

お皿を下げるとき、「今日はここへ来てよかった」と言ってもらえた。わたしはうれしくて、また勢いよく返事をしそうになったけど、今度はお皿が揺れないように両手で持ってから「わたしも、会えてよかったんだもんっ」と言えたよ。器の底には藍色のゼリーがほんの少し残っていて、苺の赤はきれいになくなっていた。扉が閉まったあとも、上着の袖を押さえていた手が、帰るときには自然に揺れていたことを思い出した。すずちゃんには「にやけてる」と言われたけど、べつに隠せなかった。だって、たった一粒の苺があんなふうに夜を軽くするなんて、うれしいじゃない。

閉店後、洗ったスプーンをもう一度カウンターに並べた。開店前には二つの星が順番に映っていたのに、今は水槽の光まで一緒に入って、どちらが先かよくわからない。休憩用に残しておいた小さな苺を見て、わたしは今日は迷わずひと口目に食べた。最後のお楽しみがなくなると思ったけど、あとから飲んだ温かいお茶もおいしかったよ。明日は最後に残すかもしれないし、途中で食べるかもしれない。そのときのわたしが決めればいいんだもんっ。星のついたスプーンをしまいながら、次に誰かが迷ったら、まず同じ高さから一緒に見てみようと思った。