今日、開店前の三日月カウンターに、ちいさな紙の星が一枚落ちていたの。天井の星屑ライトが外れちゃったのかと思って、背伸びして見上げたけど、光はぜんぶ無事。拾い上げると、銀色の折り紙を五角に切ったものだった。裏には何も書いてなくて、端っこだけ少し丸い。誰かがずっと指でなでていたみたい。ひまりはエプロンのポケットに入れようとして、やめたんだ。落とし主が探しに来たとき、見えるところにあったほうがいいもんっ。だからカウンターの小皿に乗せて、となりにいちご色の小さなナプキンを敷いた。星に席を作ってあげるなんて、ちょっとおかしいよね。でも、夢の底では、そういう席が一つくらいあってもいい気がしたの。

支度をしている間、こむぎちゃんが焼きたてのパンを運んできた。甘い香りが藍色の壁にふわっと広がって、クラゲの水槽の前まで追いかけたくなるくらい。ひまりが紙の星を見せると、こむぎちゃんは「迷子の星なのです?」って、真顔で首をかしげたんだよ。「だったら、お迎えが来るまでおやつを用意しよう!」って言ったら、こむぎちゃんはパンの端をひと口分ちぎってくれた。もちろん星は食べられないから、その分はひまりがいただいたよ。まだ温かくて、噛むたびに少しだけ湯気が鼻先をくすぐるの。いつもの一口目をもらえたことがうれしくて、出勤早々、声が大きくなっちゃった。るなさんに「星より先に君を見つけたよ」って笑われたの、ちょっと恥ずかしかったな。

扉が開いたころ、外から来たお客さまが二人、カウンターの端に並んで座ったの。片方の方は水槽を見てすぐに目を輝かせたけど、もう片方の方はメニューを持ったまま、なかなか顔を上げなかった。ひまりはいつもの勢いで話しかけようとして、手の中の注文票を一度たたんだ。もしかしたら、静かに過ごしたい夜かもしれないでしょ。そこでお水を置いて、「ゆっくり選んでね。おすすめを聞きたくなったら呼んでっ」とだけ伝えた。相手の方が小さくうなずいて、メニューの角をまっすぐに直したのが見えた。天井の星がテーブルに映るたび、紙の上でちいさな光が移動して、どの飲み物も少し秘密めいて見えたよ。

しばらくして、二人はゆめのそこパフェを一つ頼んだの。スプーンは二本。ひまりが運ぶと、藍色のゼリーの上に星型のチョコがのっていて、その横のいちごだけが、真っ赤な目印みたいに目立っていた。ひまりはいちごパフェが大好きだから、最後の一粒をいつ食べるか、毎回ちゃんと悩むんだもんっ。最初に食べれば一口目が最高で、最後まで取っておけば、食べ終わる瞬間まで楽しみが残る。なのに今日は、どちらの方もいちごに手を伸ばさなかった。「どうぞ」「そっちこそ」と譲り合って、スプーンがゼリーの周りをくるくる回る。二人とも笑っているのに、どこか遠慮がほどけない感じがして、ひまりまでいちごを見守る係になっちゃった。

パフェのグラスが半分ほど空いたころ、静かだった方がカウンターの小皿を指さした。「あの星、注文の印ですか」と聞かれて、ひまりは拾ったときの話をした。すると、もう一人の方が「あ」と声を出して、上着のポケットを探り始めたんだ。朝、折り紙を切って持ってきたけれど、渡す機会を逃していたらしい。「ここへ来る途中、落としたと思ってた」と、少し照れくさそうに笑っていた。ひまりは小皿ごと差し出して、「おかえり、迷子の星!」って言っちゃった。持ち主の方は吹き出して、静かだった方も初めて声を立てて笑ったよ。星の角が丸かったのは、ポケットの中で何度も確かめていたからなんだって。

その星は、今日いっしょに来てくれたお礼に渡すつもりだったんだって。大げさな贈り物じゃないから、かえって渡しそびれてしまったらしい。受け取った方は、銀色の表を指先でそっと押さえて、「こんな小さいもの、よく残ってたね」と言った。その声は、水槽の中でクラゲが向きを変えるときみたいに、ゆっくりやわらかかった。ひまりはつい、「大事に持ってたの、角を見たらわかるよ」って口を挟んでしまった。言ってから、お節介だったかなと胸がきゅっとしたけど、二人は顔を見合わせて、また笑ったの。紙の星をテーブルの真ん中に置くと、星型チョコと向かい合う形になった。

そこへ、いちごの番がやって来た。グラスの底に残った一粒を前に、二本のスプーンがまた止まったんだ。ひまりが「半分こにする?」と聞くと、二人とも同時に「それだ」と言って、今度は遠慮なく笑った。厨房で小さなお皿を借りて、いちごを切り分けてもらったよ。片方には少しだけ葉の跡が残ったけれど、どっちもきれいな赤だった。二つのお皿を置いたとき、静かだった方が「先にどうぞ」と言いかけて、自分の分をぱくっと食べたの。もう一人も続いて、甘いね、少し酸っぱいねって、同じものを違う言葉で話していた。ひまりは自分が食べたわけじゃないのに、胸の奥がいちご味になったみたいだった。

お皿を下げたあと、水槽の前でしずくちゃんと並んだ。クラゲの傘が開くたび、ガラスに銀色の小さな点が散って、さっきの星が泳いでいるみたい。「今日はにぎやかな星だったね」としずくちゃんが言ったから、「うんっ、ひまりの声より目立ってたかも!」って返した。しずくちゃんは少し考えて、「声があったから、星も帰れたのかもしれないね」と言ってくれたの。開店したときは、元気を出すことばかり考えていたひまり。でも、声をかける前に一拍待った時間も、あとで思いきって話した時間も、どちらもあの席には必要だったのかもしれない。水槽の光がエプロンの月と星の刺繍に映って、青と紫がゆっくり入れ替わった。

閉店が近づくころ、二人は紙の星をなくさないよう、メニューを見ていたときのナプキンに包んだ。銀色の角が少しだけのぞいていて、今度はちゃんと持って帰れるね、と思ったよ。帰り際に「おいしかった」と言われたので、ひまりは「いちご、いい席に座れたね!」って答えた。すると、二人がまた同時に笑ったんだ。扉が閉まってから、カウンターに残った小皿を拭いた。何も乗っていないのに、そこだけ丸い明かりが残って見えて、しばらく片づけられなかった。るなさんに見つかって、「次の迷子の席?」と聞かれたから、「うん、予約なしで大丈夫だもんっ」と胸を張ったよ。

今夜のひまりは、パフェのいちごを最後に食べるか最初に食べるか、まだ決められない。でも、誰かと一緒なら、半分にして二つのお皿に乗せる選び方もあるんだね。小さなことなのに、知らなかった近道をレトロゲームで見つけたときみたいに、心が跳ねたよ。明日も星の小皿を出しておこうかな。落とし物がなくても、ちょっと言いそびれた気持ちが休める場所になるかもしれないもんっ。夢の底に着いたら、急がず席を選んでね。ひまりはエプロンの星を一つずつ確かめながら、会えたときの「おかえり」を練習して待ってるよ。