今日の開店前、ひまりは三日月型のカウンターで、いちごの向きをひと粒ずつ確かめていたの。先っぽがきれいに下を向く子、葉っぱを広げている子、少し横を向いている子。ゆめのそこパフェのてっぺんに乗るなら、みんな胸を張っていてほしいんだもんっ。深い藍色の壁には星屑ライトがまだ控えめに光っていて、水槽のクラゲはふわり、ふわり。ひまりの手元を見に来たみたいに一匹がガラスの近くまで浮かんできたから、「どの子がいちばん似合うと思う?」って聞いてみた。もちろん答えは泡だけ。でも、その泡がちょうど一粒のいちごの上で弾けた気がして、ひまりは勝手に指名された気分になったよ。

そのいちごは、左右がちょっぴり違う形だった。赤い実の片側だけがふくらんでいて、葉っぱも一枚だけ上を向いている。選んだあとで、お皿の上のまっすぐな子たちと見比べたら、急に迷ってしまったの。きれいに見せたいなら、別の子のほうがいいのかな。ひまりが指先を止めていると、るなさんが後ろから「まだ飾りつけの時間だよ」と声をかけてくれた。振り向くと、いつもの落ち着いた顔。ひまりは「どっちを乗せたら、最初のひと口がうれしくなるかな」って二粒を見せたけど、るなさんは答えを決めずに、「席で食べる人の顔を見てからでも遅くないよ」とだけ言った。そういうところ、かっこいいんだもんっ。

開店して少ししたころ、カウンターの端にひとりのお客さまが座った。椅子を引く音がとても静かで、注文を聞く前から水槽のほうを見ていたの。ひまりがメニューを渡すと、ページをめくる指がパフェのところで止まった。「甘いものは好きだけど、今日は決めるのに時間がかかる」と、小さく笑いながら言ってくれた。急がなくて大丈夫だよって伝えたくて、ひまりは水のグラスを置き、星屑ライトが映る位置へコースターを少し寄せた。お客さまはその光を見て、「ここは、待っている間もきれいなんだね」と言った。ひまりはうれしくて、危うくすぐにおしゃべりを始めるところだったけど、ゆっくり選ぶ時間もこの席の楽しみだと思って、一歩だけ下がったよ。

やがて注文は、ゆめのそこパフェになった。「いちご、最後まで取っておく派?」とひまりが聞くと、お客さまは「いつもは最後。でも今日は最初に食べてみようかな」と首をかしげた。ひまりは思わず「わかるっ!」って声が大きくなってしまったの。好きなものを最後に残すと、そこへたどり着くまでわくわくできる。でも、最初に食べたら、そのおいしさを覚えたまま残りを味わえる。どっちも正解で、ゲームの分かれ道みたいなんだもんっ。お客さまが「そんなに真剣に考えるんだ」と笑ったので、ひまりも笑ってしまった。ふたつの選び方を並べてみたら、さっきまで少し硬かったその人の肩が、ほんのちょっと下がった気がした。

厨房でパフェを仕上げながら、ひまりはさっきの形の違ういちごを思い出した。藍色のゼリーを透かして銀色の光が揺れ、星型チョコの角が小さくきらめく。そこへ赤い実を置くと、上を向いた葉っぱが旗みたいに見えたの。でも、少し斜めになっていて、真正面から見ると今にも歩き出しそう。ひまりは何度も角度を直しかけて、そのたびに手を止めた。お客さまは今日は最初に食べてみるかもしれない。その一粒が、きちんと並ぶことよりも「こっちだよ」って呼んでいる感じのほうが似合うかも。結局、葉っぱだけをそっと整えて、そのまま運ぶことにした。トレーを持つ手に力が入ったから、深呼吸を一回。小さな冒険の出発だよ。

席に着くと、お客さまはまずいちごを見て、「あ、旗みたい」と言った。ひまりが胸の中でつけた名前と同じだったから、びっくりして足が止まりそうになったよ。「今日は先に食べる道を案内してるのかも」と言うと、お客さまはスプーンを持ったまま、パフェの周りをぐるりと眺めた。いちごの赤、ゼリーの藍、星型チョコの金色が、ガラスの器の中で離れたり重なったりする。水槽の青い光がテーブルを横切ったとき、赤い実の影まで小さな旗に見えた。お客さまはすぐには食べず、「少しだけ眺めてから決めてもいい?」と聞いた。ひまりは「もちろんっ。スタートボタンはお客さまのものだもんっ」と答えたよ。

そのあと、ひまりは別の席へ飲み物を運び、カウンターのグラスを磨いた。気になって何度かそちらを見たけれど、答えを急かすみたいになるのはいやで、目が合いそうになると手元に戻ったの。グラスの縁を拭く布がきゅっと鳴り、奥からこむぎちゃんの焼いたパンの香りが流れてくる。水槽ではクラゲがゆっくり向きを変え、星屑ライトの点がエプロンの刺繍に移った。お店の中にはこんなにたくさん動くものがあるのに、あの席の時間だけは、いちごの前で静かに止まっているみたいだった。ひまりは静かな時間が苦手だと思っていたけど、今日は誰かが自分のペースを見つける音が聞こえる気がして、少し好きになった。

しばらくして、あの席からスプーンが器に触れる澄んだ音がした。見ると、お客さまは一口目に藍色のゼリーをすくっていた。それから星型チョコを半分に割り、最後にいちごへ手を伸ばす。ひまりの予想は外れたけれど、なんだかうれしかった。お客さまは目が合うと、「結局、いつもの順番にした。でも、今日は途中で変えてもいいと思えたから、迷うのが楽しかった」と教えてくれた。ひまりは「そのルートも大当たりっ」と返した。ゲームなら選ばなかった道が気になることもあるけど、今食べた一口がおいしければ、今夜の選び方はそれで完成。お客さまがうなずいて、もう一度ゆっくりスプーンを入れる姿を見て、ひまりも肩の力が抜けたよ。

片づけのとき、パフェの器は空っぽで、銀色のスプーンだけがコースターの横にそろえてあった。お客さまは帰り際に「旗の子、おいしかった」と言ってくれたの。その言葉を聞いた瞬間、開店前にいちごを持って迷っていた自分を思い出して、頬が熱くなった。るなさんはカウンターの向こうで一瞬だけ笑って、また次のグラスを磨き始めた。ひまりが「最初に食べるかと思ったら、最後だった!」と報告すると、「それも、その人が選んだ答えだよ」と返ってきた。正しい並べ方を先に決めるより、その人が座るまで少し待つ。るなさんが最初に言ったことは、いちごだけの話じゃなかったんだね。

閉店後、残ったいちごを数えながら、ひまりは上を向いた小さな葉っぱを思い浮かべた。あの子はきっと、自分の形が少し違うことを気にしていなかったはず。勝手に心配していたのはひまりのほうだ。明日またパフェを作るときも、目の前の人の顔をちゃんと見て、それから一粒を選ぼう。そう思ったら、星屑ライトを消す前の藍色の店内が、いつもより広く感じたよ。水槽のクラゲが最後に一度だけ上へ浮かんで、泡をひとつ残した。ねえ、今日のきみなら、いちごを最初と最後、どっちで食べる? どちらを選んでも、ひまりはその一口を楽しみにしてるんだもんっ。