今日はね、開店前のお掃除で、ひまりの得意なものをひとつ発掘したんだもんっ!棚の奥にしまってあった、灰色のコントローラー。丸いボタンを押したら、指先にかちっと懐かしい感触が返ってきて、お掃除の手がつい止まっちゃった。コードをほどいていると、るなさんが「使うなら、先にテーブルを拭いてからだよ」って。まだ何にもお願いしてないのに、もうばれてる!クラゲ水槽の横の小さな丸テーブルをぴかぴかにして、卓上の画面を置いたよ。二羽の四角い小鳥が、力を合わせて橋を渡る古いゲーム。ひまりはこれ、かなり得意なんだよっ。画面の明るさと音を控えめにして、もうひとつのコントローラーも、椅子の前にちょこんと並べたの。
最初に気づいてくれたのは、星屑ソーダを頼んだお客さま。「これ、まだ動くんですね」って、画面を見る目がちょっと丸くなったんだ。ひまりが「もちろんっ。一緒にやってみる?」って聞くと、「ずっと触っていないから、ボタンも忘れちゃった」と、両手を膝にそろえて笑ってた。大丈夫、ひまりがついてるんだもんっ!飲み物を機械から離れた場所に置いて、隣の椅子を少し引いたよ。お客さまはコントローラーを持ち上げて、裏側までひっくり返してから、親指を丸いボタンの上に乗せたの。その丁寧な動きを見ていたら、ひまりが初めて遊んだ日の、手の中に知らない道具がある感じを、ほんの少し思い出したよ。
なのに、始まったとたん、ひまりの説明は全速力!「右に行って、白い床を踏んで、それからこっち!そこは待っててっ」と、知っていることを次々に言っちゃった。ひまりの小鳥はぴょんぴょん先へ行くのに、お客さまの小鳥は端っこで足踏み。次の瞬間、橋がすうっと引っ込んで、二羽そろって水にぽちゃん。丸い泡がふたつ出て、すぐ最初の島に戻ったよ。「ごめん、どっちを押すんだっけ」って声に、ひまりはまたボタンを指さしかけたんだけど、その指を途中で止めたの。お客さま、画面よりひまりの顔をたくさん見ていたんだ。遊びに誘ったはずなのに、説明についてくるだけで忙しくさせちゃったのかも。ひまりの親指も、ようやくおとなしくなったよ。
いったん二羽を島で休ませて、ソーダの時間にしたの。銀色のコースターの端に小さな水滴が集まっていたから、ひまりは布でそっと拭いたよ。店内はまだ席に余裕があって、三日月のカウンターから、洗ったカップを置く音が聞こえてきた。藍色の壁には水槽の明かりがゆらゆら揺れて、クラゲの丸いかさが、ゆっくり開いては閉じてる。お客さまはストローをくるりと回して、「この鳥、待ってる間も足が動くんだね」って教えてくれたの。ほんとだ!ひまり、何度も遊んでるのに知らなかった。止まっているつもりの小鳥が、ちっちゃく、いち、に。急いで渡っていたら見逃しちゃうところに、ちゃんと動きがあったんだね。
次は、ボタンをひとつだけ使って歩いてみることにしたよ。「橋はあとでっ。まず、この島をお散歩しよ!」って、ひまりも同じ島をてくてく。お客さまの小鳥がひまりの小鳥にぶつかると、二羽ともころんと向きを変えたの。逃げたつもりがまたぶつかって、今度はお客さまのほうから笑い声が出たよ。「鳥なのに、歩くのが好きなんだね」「きっと足元を見たい日なんだもんっ」。端まで歩けたところで、白い床の仕掛けを一緒に確かめたの。一羽が床に乗っている間だけ、次の橋が出てくる。だから、先に行く係と、そこで待つ係が必要なんだよ。ひまりが床を踏むと、水の上に白い四角が順番に並んだ。お客さまが渡りきるまで、今度はちゃんと、ボタンから指を離して待っていたよ。
向こう岸にも同じ床があって、お客さまの小鳥が乗ると、ひまりの前に道が伸びたの。「今度は、こちらが待つ番ですね」って言われて、なんだか背筋がぴんとしたよ。得意なひまりが全部案内するつもりだったのに、ひまりも渡らせてもらう番なんだ!うれしくなって飛び出したら、最後の一歩を押しすぎて、また水にぽちゃん。さっきあんなに張り切って教えてたのにっ。思わずエプロンの端を握ったら、お客さまが「この泡も、ふたつずつなんですね」って笑ったの。失敗した画面をそんなふうに眺めてもらえて、ひまりも肩の力が抜けちゃった。次は指の腹で、ちょん、ちょん。ボタンが戻る感触を確かめながら進んで、ようやく向こう岸で二羽を並べられたんだよ。
最後の橋は少し長くて、途中の小島に、葉っぱみたいな緑の点があったの。ひまりは通り過ぎるつもりだったんだけど、お客さまが「そこ、何かある?」って小鳥を寄せたら、小さな芽がぴょこっと伸びた!もう一羽も近づくと、今度は白い花がひとつ。そんなおまけまであったなんて、今日は知らないことがいっぱいだよっ。二羽で花を囲んでから、最後の床を交代で踏んで、対岸へ。大きな音は鳴らなかったけど、短い明るい音が三つ鳴って、画面の小鳥たちが同時に羽を広げたの。ひまりも両手を上げかけて、コードがあるのを思い出して止まったよ。コントローラーを置いてから、お客さまと小さくぱちぱち。「渡れたねっ!」って言う声は、最初に得意だって言ったときより、ずっと弾んじゃった。
ちょうど次のお客さまがいらしたので、ゲームはそこでおしまい。ひまりがお迎えから戻ると、ふたつのコードが、テーブルの上でゆるい輪になっていたよ。「強く巻くと疲れそうだから、このくらいで」と、お客さま。機械までちゃんと休ませてもらってる!ソーダのグラスは空っぽで、底の銀色が水槽の明かりを受けて光ってた。「今日はここまで渡れた、って覚えて帰れますね」。その言葉を聞いたら、ひまりはもう一回、画面を見たくなったよ。でも、次の面をおすすめするのはやめて、出口まで一緒に歩いたの。「次はあのお花、最初から見に行こうねっ」。扉が閉まったあとも、お客さまが最後にゆっくり振ってくれた手が、ひまりの目の前にちょっと残っていたよ。
片づけの時間に、すずちゃんへ今日の大冒険を報告したの。といっても、渡った橋は三つだけなんだけどねっ。「ひまり、待つ係も上手になったんだもんっ」って胸を張ったら、「……最後の一歩で落ちた話は?」って。ええっ、そこ見てたの!ひまりが口をとがらせると、すずちゃんはコードのねじれをひとつ直して、「次、あたしが先に渡るから」だって。ちゃんと次の約束になってるの、うれしいな。るなさんにも、音を小さくして片づけまでできたことを報告したよ。「楽しそうだったよ」って、ほんの少し口元がゆるんだのを、ひまりは見逃さなかったんだからっ。今日は、画面の外にも見つけたいものがたくさんあったよ。
お仕事のあと、自分用に小さないちごパフェを作ったよ。てっぺんの一粒を最初に食べるか最後に残すか、いつもの大問題が発生したんだけど、今日は真ん中で食べることに決定っ!冷たいクリームを二口すくって、それから赤いいちごをぱくり。甘酸っぱさで頬がきゅっとなって、やっぱりこの瞬間が好きだなあって思ったの。洗い終わったスプーンをしまう前に、丸テーブルの椅子を並べ直したよ。ひまりが少し近づけすぎたほうを、座りやすいところまで戻して、コントローラーは棚の手前へ。次に誰かと遊ぶとき、まずはあの小鳥の足踏みを一緒に見たいな。ひまりの指なら、明日もきっとすぐ走り出したがるから、その前にひと呼吸。隣の「いけるよ」を聞いてから、せーので橋を渡るんだもんっ。
